2014年02月12日

知られざる超親日国 「スリランカ」


みなさん、台湾もトルコもインドネシアもパラオもベトナムも、
【大の親日国家】だというのは、ご存じだと思いますが、

遠い南の地のスリランカが、これほどまでに、親日国であり、
日本を想ってくれているという、【真実】を知っておいて下さい。

●スリランカは、サンフランシスコ対日講和会議の席で、
アメリカやソ連等の戦勝国達が日本を植民地化し自由と主権を支配しようとしている時に、
出席者の中で最も弱小の島、セイロン代表である、ジャヤワルダナ大臣(謝得和留天寧)が
真っ先に、「日本があらゆる制約を受けずに、自由と独立した国家として認める様に!」と、
戦勝国やその他の国々に対して、強く発言して下さってますし、

●また、“大の親日家”であった、ジャヤワルダナ初代大統領は、
「昭和天皇の大葬の礼」の席で、現職を退いたにも関わらず、
アメリカより先にお悔やみを言って下さいました。

●日本に対しては、遺言で、【片目をスリランカ人に!もう片方を日本人に!】と言い、
死後までも日本に貢献してくれました。(内臓も提供してくれると遺言にあったのですが、
高齢だった為、実現しませんでした。)

●その為か、現在でもスリランカから日本への角膜提供率は“世界一”だそうです。

スリランカに行ってきた。昔はセイロンと呼ばれていたインドの右下に浮かぶ島。最近ではアユルベーダが有名だが、世界遺産やサファリもあるので観光でも注目されてきている。このスリランカ、意外に知られていないのが驚くほどの親日国だと言うこと。例えば街を歩くと比較的中国が近いこともあって「Are you Chinese?」とお決まりの質問をしてくる。ところが一度日本人だとわかると人がわらわら寄ってきて「Tokyo is my dream.」だとか「My best friend lived in Kawasaki.」など聞いてもいない日本話をしてくる。これほどまでの親日ぶりに、正直驚いた。

スリランカが親日であるのには、ある歴史的事件が関係している。時は遡ること60余年、1951年9月サンフランシスコ講和会議。日本の自由を制限して分割統治を主張するソ連の案と、自由と民主主義を元に独立国を作ろうとするアメリカ案とが真っ向から対立した。ソ連は中国共産党の参加を求めたり、修正案を幾度も提出したりと執拗なまでに日本の分断統治を主張し、東西冷戦を予感させるような米ソ対立は顕在化しつつあった。この会議で分水嶺となったのが当時セイロンの外務大臣にして後の大統領のジャヤワルダナの演説だった。

1948年にイギリスからセイロンとして独立すると、1978年に現在の国名に改称。1983年に内戦が勃発し、2009年まで争いが続いていたという。しかし内戦が終わると、世界に散らばっていた優秀な人材が戻り、驚異的な経済成長が始まった。そのスリランカでは、JAPANクオリティーが大きく関係している。スリランカ・コロンボにある男子校「イシパタナ カレッジ」は、生徒数が5000人。コロンボではこれが一般的で、学費は内戦時代から無料なのだという。その教室の中には、知られざる親日の理由があった。スリランカ・コロンボの学校では、英語の授業で使われていた教科書が日本を題材にしたものだった。さらに、教室内には日本語で「とだな」と書かれたロッカーがあった。高学年では、日本語を第2外国語として選ぶ生徒も多いという。日本語を勉強しようと思った理由を生徒に聞いてみると、「日本のおもいやりの精神に興味を持ったので勉強したいと思いました」と答えた。


posted by @@ at 20:31| 東京 ☁| Comment(0) | 親日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月02日

マレーシア元乗員銀n詩

日本への感謝を綴った「日本人よありがとう」という書物の序文に書かれた一編の詩

かつて 日本人は 清らかで美しかった
かつて 日本人は 親切で心豊かだった
アジアの国の誰にでも 自分のことのように
一生懸命つくしてくれた


何千万人もの 人の中には
少しは変な人もいたし 
おこりんぼや 我が儘な人もいた 
自分の考えを 押しつけて
威張ってばかりいる人だって 
いなかったわけじゃない


でも、その頃の日本人は 
そんな少しの嫌なことや 不愉快さを越えて
大らかで 真面目で 希望に満ちて明るかった

戦後の日本人は 自分達日本人のことを
悪者だと思い込まされた 
学校でも ジャーナリズムも
そうだとしか教えなかったから 
真面目に 自分達の父祖や先輩は
悪いことばかりした 残酷無情な
ひどい人達だったと 思っているようだ

だから アジアの国に行ったら ひたすら ペコペコ謝って
私達はそんなことはしませんと 言えばよいと思っている

そのくせ 経済力がついてきて 技術が向上してくると
自分の国や 自分までが 偉いと思うようになってきて
うわべや 口先だけでは 済まなかった 悪かったと言いながら 
独りよがりの 自分本位の 偉そうな態度をする
そんな 今の日本人が 心配だ

本当に どうなっちまったんだろう
日本人は そんなはずじゃなかったのに
本当の日本人を 知っている 私達には
今はいつも 歯がゆくて 悔しい思いがする

自分のことや 自分の会社の利益ばかりを考えて
こせこせと 身勝手な行動ばかりしている
ヒョロヒョロの日本人は これが本当の日本人なのだろうか

自分達だけでは 集まって
自分達だけの 楽しみや 贅沢に耽りながら
自分がお世話になって住んでいる
自分の会社が仕事をしている
その国と 国民のことを 蔑んだ眼でみたり バカにしたりする

こんな 人達と 本当に仲良くしてゆけるだろうか
どうして どうして日本人は こんなになってしまったんだ


マレーシア元上院議員 ラジャー・ダト・ノンチック
posted by @@ at 16:56| 東京 ☁| Comment(0) | 親日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月30日

親日国が親日になった理由

●トルコ
トルコが親日国家となった大きな事件が、1890年に起きた「エルトゥールル号遭難事件」と呼ばれるものです。1890年、演習を兼ねて日本を訪れていたオスマン帝国(オスマン帝国の一部地域が現在のトルコ)の戦艦エルトゥールル号が、和歌山県沖で遭難。日本は遭難者の救助に当たり、生き残った乗組員たちを日本海軍の戦艦で母国に送り届けました。この出来事がきっかけで、トルコと日本に友好的な関係が生まれたといわれています。

また、イラン・イラク戦争時、脱出困難に陥った在イラン邦人を「エルトゥールル号の遭難の際の恩返しをする」として救出してくれたのがトルコでした。その後、日本政府は救出に当たったトルコ人客室乗務員などに勲章を授与しています。

●モンゴル
モンゴルも親日国家です。近年では、元横綱の朝青龍や現横綱の白鵬、日馬富士などのモンゴル出身の力士が活躍していることも影響していますが、モンゴルが共産主義からの脱却の際に日本が援助を行ったことが親日の要因です。また、その後の日本からのODAで発展を遂げたこと、ニュースなどで日本から援助を受けたことを大きく報道していることも影響しているそうです。

●パラオ
パラオは日本のODAで学校や病院、さらには電力供給などが行われました。優れたインフラ整備が行われたことで、今のパラオという国がある、と考える人が多いのだとか。

※省略されているので追加ソース
ドイツが第一次世界大戦で敗れると、パラオは「日本」の統治領となる。

日本も、ドイツ同様に「殖産興業」に力を入れた。加えて、日本は「教育」にも熱心であり、現地人の住環境整備とともに、多数の学校や病院を建設した。

日本の行った一連の施策は、パラオに「未曾有の経済発展」をもたらし、人口も2万人から5万人へと激増した。

パラオはその歴史上、幾多の外国支配を受けてきたが、現在のパラオ人は口をそろえて「日本の統治時代が一番良かった」と述懐するという。

独立に際して制定された「パラオの国旗」は、「日の丸」デザインの色違い。

「青い海に、黄色の満月」という「月の丸」である。

公募された国旗案70点の中から、一も二もなく、この国旗が満場一致で選ばれたという。

「太陽」を象徴する日本の国旗に遠慮したパラオは、「満月」をモチーフとし、さらに、中心を少しずらすことで、日本に敬意を表したといわれている。

●フィンランド
フィンランドは北欧諸国の中でも、特に日本に対して好意的な感情を持っている国です。フィンランドは長きにわたりロシアの支配下に置かれていたのですが、日本が日露戦争でロシアと戦ったことがきっかけとなり、独立を果たしたことが理由なのだとか。日本が直接かかわっているわけではありませんが、こうした親日の理由もあるのですね。


●ポーランド
ポーランドも日本に友好的な感情を持つ国です。第一次世界大戦後、ロシアに残留したポーランド人の孤児たちを日本赤十字社が救済したことがその理由です。ロシアと戦争をしていたポーランドは孤児を助けることができず、日本の外務省に救済を依頼。その後、日本の帝国陸軍の支援で、孤児たちは日本経由でポーランドに帰されました。


●アルゼンチン
南米アルゼンチンも親日国として知られています。その理由は、明治時代にアルゼンチンへと渡った日本人たちが、非常にまじめに働き、地域の発展に貢献したこと。これがアルゼンチンの親日感情につながっているといわれています。また、戦争中、海軍同士の交流も盛んに行われたことも理由の一つなのだとか。南米では、ブラジルも明治時代の日本人移民の活躍の影響で、日本人に対して友好的なのだそうです。


現在の親日の理由は、どれも先人たちの行いあってのものばかりです。これからもずっと親日でいてくれるよう、国同士協力していきたいですね。
posted by @@ at 17:28| Comment(0) | 親日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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