2013年10月01日

民主党政権のおろかさ

民主党の中には小沢のやり方に少なからず批判的な意見が多い。小沢のやり方は選挙で勝つ事だけを目標としたもので、それでは国民の支持を得られないという。前原はもちろん岡田さえ、小沢のような強引なやり方よりも、もっとじっくりと国民に民主党の政策を浸透させるべきだという。

ここで問題になるのは民主党の目的はそもそも何なのか?だ。政権を取る事なのか、政権を取らなくても民主党という野党が存在する事で日本国民にとって良い政治が出来ればいいのか。

後者なら民主党はいらない。自民党の中にもそれぞれの政策に関しては対立があるわけで、何も民主党ががんばらずとも自民党の中で綱引きが行われ適当な地点に政策は落ち着く事だろう。民主党の得票数は自民党主流派への不信任投票なのか、と。

国民にとって良い政策を示し続けていけばいずれ民主党が政権を取れるというのも間違いだ。なぜなら自民党は政権を保持するためには何でもやるからだ。民主党の案を丸呑みしなければ政権の座から滑り落ちると考えれば、躊躇することなくそれをするだろう。1990年代の自社連立がいい例だ。

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自民党は自分の権力が安泰だと思っている間は自分達の利権を優先し、国民の批判が高まりその地位が危うくなれば国民の要求に節操なく応じて懐柔や人気取りをする。一見下賤な振る舞いに見えるが、結果的には名より実をとって、いいように国民をあしらっている。まさに「民は生かさぬよう、殺さぬよう」だ。それを国民は「自民党にお仕置きしている」などと、とんでもない勘違いをしている。

そんな相手に「正しい政策を主張していればいずれ国民の理解が得られ選挙で勝てる」と本気で考えているとしたら、岡田も前原もとんだお坊ちゃんで、まがいなりにも自民党と対峙する政党を率いる党首の資格はないだろう。正しい主張をしているだけでは自民党政権を倒せないのだ。

前原も岡田も恐らくは分かっているのだろう。小沢のやり方が正しい事を。ただ自分達は小沢ほど政略に長けていない事も承知している。だからあえて小沢と同じ土俵では競わず、「自分のやり方は小沢とは違う」と逃げを打っているのだろう。そうしないと自分の存在価値を失ってしまうからだ。

国民がどちらの政策が正しいかで政党を選ぶのは二大政党制が確立してからの話だろう。先ずは二大政党制を実現しなければならない。民主党が自民党に比べていろいろな面で頼りない事は誰の目にも明らかだ。問題は現在を見るか未来を見るかだと思う。現時点でどちらの政党が優れているかを判断するのか、多少頼りなくても政権を担わせることで民主党を育て、日本に二大政党制を実現させるのか、だ。

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自民党の長期政権は様々な利権との癒着を生む。これは何も自民党が悪いのではなく、民主党ならこんなことは起きないというものでもなく、同じ政党の政権が長年続けばどうしてもそういうことは起きてくるものなのだ。それを回避するには適時政権交代が起きるようにしなければならない。

利権に絡め取られて自民党は身動きできなくなってしまっている。利権団体の声にばかり引きずられ、国民の声が届かなくなってしまっている。これは自民党自身、自分ではどうしようもないことなのだ。日本と自民党をその足枷の呪縛から解き放つには一度他の政党に政権を移し、利権をリセットするしかない。政権交代が起きるたびに前政権の悪行を次の政権が暴けば、癒着も少なくなるだろう。

国民は「いつまで経っても日本の政治は変わらない」とこぼすが、それは国民に原因がある。現状しか見ず、1手先、2手先を考えて自民党以外の政党を育てるという発想ができないからだ。国民はおろか、マスコミも、さらには前原や岡田のような元民主党党首でさえ、そういう発想ができない事が日本の政治の一番の問題といえよう。

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最近自民党の麻生幹事長が人気らしい。だが、ちょっと待ってほしい。ここで麻生を日本の総理大臣に選んだところで日本は変わるのだろうか。2001年に小泉旋風が起こった時、確かに日本の政治の変化を予感させた。だからこそあれほど熱狂的に人々は小泉を支持したのだ。

しかし結局日本の政治の変化は小泉一代で終わってしまった。やはり個人の資質だけに頼っているのでは長続きしない。今ここで麻生に同じ「日本の政治の変化」を託したら、日本の政治は本当に変わるのだろうか。小泉の時のように一時的には変わるかもしれないが、同様に一過性のものになる公算が強いと俺は思う。そしてまた10年ぐらい後に同じ事態に直面するわけだ。誰か日本の政治を変えてくれる人材はいないのか、と。

日本はこの堂々巡りのループから抜け出さなければならない。二大政党制を達成しそこなった15年前、さらに遡れば1989年の社会党の躍進など、政権交代の機運が高まるたびに自民党は権力の座を維持するためにあの手この手で計略を練ってきた。

まあ自民党にとっては自分の政党を守るのは当たり前だから自民党を悪いとはいわないが、日本全体にとってそうした自民党の狡猾さはプラスになっていない事に国民は目を向けるべきだろう。


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朴大統領が米国防長官に日本批判「謝罪どころかずっと侮辱」=韓国 韓国もチョンも嫌い

韓国の朴槿恵大統領は大統領府で30日、米韓年次安保協議会に出席するために訪韓しているヘーゲル米国防長官と会見を行った。その席上で歴史問題などに関して「日本の指導部は謝罪どころかずっと侮辱し続けている」と日本側の対応を批判した。複数の韓国メディアが報じた。

  朴大統領は30日、「日・米・韓の安保関係を構築する上で、日韓両国の歴史問題を含めた現実的な問題が適切に管理されるべきだが、どう思うか」とのヘーゲル長官の質問に対して、「歴史や領土問題で何度も後ろ向きの発言をした日本の指導部のために、信頼が形成されていない」と述べた。

  また「今も痛みに苦しむ人々がいて、非常に大きな傷を受けた人々もいる。首脳同士が同じ席上に座って解決することができない状況にある」と指摘した。

  朴大統領は「慰安婦問題は今も続いている歴史であり、被害者の女性たちは、青春をすべて台無しにし、これまでに深い傷を持って生きてきた。しかし、日本が謝罪どころかずっと侮辱し続けている。被害者だけでなく、国民も一緒に怒っている」として日本政府を強く批判した。

  さらに朴大統領は、「日本が周辺国の信頼を得られるように(米国にも)今後も関心を持って取り組んでいただきたい」とヘーゲル長官に協力を求めた。
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2013年09月30日

昭和天皇の独自外交

昭和天昭和天皇は独自外交を展開していた。
昭和20年(1945年)、大東亜戦争敗戦後の連合国占領下、昭和天皇はマッカーサーと11回も会見を行っています。特に昭和天皇は日本の安全保障問題に懸念を持っており、第3回会談では憲法九条に対して「世界の国際情勢を注視しますと、この理想より未だに遠い様であります」と述べられています。マッカーサーは「戦争をなくするためには、戦争を放棄する以外には方法はありませぬ」と説得しています。憲法九条の「軍隊を持たない」というのは日本弱体化だけでなくGHQに潜む共産主義者が革命を起こしやすくするために考えたことなのですが、マッカーサーはそれらに素直に従っていたということです。

 昭和22年(1947年)、日本社会党の片山内閣が発足。芦田外相は非武装で国連に安全保障を依存するという方針は非現実的と判断していましたので、講和成立後も米軍が日本の安全保障を確保し、代わりに日本が基地を提供するという特別協定の提案をまとめています。実は日米安保の原型は日本社会党が作っていたのです。しかし、この提案はアメリカ本国には届きませんでした。GHQ内で握りつぶしたようです。

 この頃、冷戦構造が芽生え始めると沖縄の軍事的価値が浮上し、米国では沖縄を米国に併合するべきという論と併合できないので信託統治にすべきという論がでてきます。このとき昭和天皇の「沖縄メッセージ」があります。沖縄は主権を日本に残したまま「長期租借方式」に基づいて行われるべき、というものです。よく反皇室派がこの沖縄メッセージだけつまんで沖縄を切り捨てたとか、基地がどうこう言いますが、赤化懸念や米国の論争といった背景があるのです。
 さらに大陸では共産党が国民党に勝利し、朝鮮半島に緊張が及ぶようになっていくと米国は反共意思を強くし、大統領特使ダレスを日本に送り込みます。マッカーサーべったりだった吉田茂は日本の非武装化を述べたところ、ダレスは国際間の嵐の激しさを述べ、激怒します。そして朝鮮戦争が勃発。ここで昭和天皇からダレス宛てにメッセージが送られます。このメッセージには吉田茂はマッカーサーに媚びていて信任できないので、安全保障問題は彼らをはずして行うべき、というものでした。このメッセージで講和への道筋がついたと言われます。
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